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namuiru's diary

自分の思考を整理しておくためのブログ。普通からずれていることは理解している。たまには良い事を書いているかもしれない。

衛瓘が悪人という風潮

私の持つ衛瓘のイメージは

「名将の鄧艾さんを殺して,あの優しい杜預さんに死ねと言われたゴミクズ」

という感じだった.

私の三国志の知識は横山+光栄程度しかない.

そのため,光栄が広めているイメージ≒自分の持つイメージ

になっている部分が大きい.

私に限らず,かなりの人がそうだと思う.

私はひねくれているので,それに対して違った見方をしてみようとたまに頑張る.

 

三国志11の衛瓘

統69 武46 智79 政78 魅28

魅力がえげつないことになっている(他の能力も低い気がするが,それにしても).

田続より低い.楊醜や張南(裏切った方)より低い.

杜預の魅力は81.かなり高い方.

 

衛瓘は晋では超重要人物だからちゃんと事績を把握しておこう,と思って伝を読んだ.

といっても中国語はわからないので,ウィキや様々な方の考察などを合わせつつ.

 

鄧艾殺害周辺を整理すると

鄧艾が専断→鍾会と一緒に告発→詔勅を受けて鄧艾を捕らえる→鍾会が反乱する→

衛瓘達がそれを阻止する→鄧艾の部下が勝手に鄧艾を釈放する→鄧艾を殺させる

という感じ

衛瓘が鄧艾を告発したのは,実際に鄧艾が専断したわけだから仕方ない.

捕縛したのも命令だから仕方ない.

殺したのはどう考えても衛瓘が悪い.

 

やっと本題.

殺しの動機は,冤罪(?)で捕まえたのを恨まれて報復されそうだったから.

何て無茶な理由だ,と言いたいが,鄧艾ならば本当にやりかねないように思う.

・敗戦すれば息子でも斬首しようとするほどの激しい気性.

・外地にあれば帝の命をも拒絶して我を行く頑なさ.

・降伏した人々に自慢しまくる傲慢さ.

・「生きて帰ってこないでしょう」と予言されるほどの滲み出る危なさ.

おまけに伝によると,鍾会は鄧艾が衛瓘を殺すよう仕向けたらしい.

何を吹き込んだのかは知らないが,そんな空気のところに捕らえられた恨みが重なるのだから,最悪の事態が容易に想像できる.

衛瓘のやったことは許されるものではないが,多少同情の余地はあると思う.

ヒゲが薄いと言われただけで相手を殺す奴の魅力は99なのに,この一件だけで魅力26はかわいそうだ.

 

その後,衛瓘が鄧艾を殺した,と聞いた杜預が「衛瓘は禍を免れないだろう.小人のくせに君子のふりをして,どのように責を果たすつもりなのだろうか」

言いふらしていることを知り,かけつけて謝っているあたり,後悔しているのだろう.

鄧艾の部下や皇帝に対してならまだしも,杜預に対して謝る理由はないにも関わらずだ.

おそらく,この杜預の発言が魅力のマイナス査定に大きく影響している.

戦犯は杜預だ.

 

ところで,杜預も鍾会の部下として蜀に行っている.

そして,特に鍾会を諌止することはしなかった.

鍾会の部下は軒並み罰されたが,杜預だけはちゃっかり才能を惜しまれて許されている.

一方で衛瓘は,鄧艾を陥れた張本人である鍾会を討伐する中心的役割を果たした.

てめえにだけは言われたくねえ,と衛瓘は思ったことだろう.

 

聖人君子ばりの台詞をのたまった杜預だが,かれが聖人かというと多分違う.

王済を「馬オタク」和嶠を「金に汚い」とけなしておいて

自分はどうなんだと聞かれると

「左伝マニアです(ドヤァ」

と答えている.

左伝に没頭するなんて,マイナスどころかプラスである.

今で言うと「俺ヒマさえあれば六法全書読んでるんだよねーアホだよね俺ー」という感じか.

他にも,自分の功績を彫った碑を作り,山の頂と海の底に建てたとの逸話もある.

杜預伝の冒頭に

「徳は得るには,功績を立てるのが一番早い」

という台詞がある.

彼の理念は「徳より名声」だ.

 

杜預は呉征伐の際,首にコブがあるのをからかわれた.

激怒した杜預は城を落とした後,自分をからかった者を皆殺しにした(他の者は許した).

自分が殺されそうになったから,相手を殺した衛瓘.

自分をからかった相手を殺した杜預.

どちらかといえば,私は前者を赦してあげたい.

 

その後の衛瓘は,ひたすら国の安定に苦心するも,賈南風に嵌められて殺される.

晋書には「杜預の言った通りになった」と書かれている.

こんな悪意のある記述はあるまい.

保身を第一として鄧艾を殺したとされる人間が,賈南風に諂わなかったために死んだのだ.

この最期こそ,彼がただの小人でないことの証拠だ,と私は思う.